介護施設の誤嚥事故。事故発生後の救命措置の適切性

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弁護士コラム

介護施設の誤嚥事故。事故発生後の救命措置の適切性

2025.07.25

第1 はじめに:誤嚥事故発生後の施設の責任

介護施設での誤嚥事故において、事故発生後のわずか数分間の対応が、利用者の生命やその後の容態を大きく左右することがあります。

介護施設には、事故を未然に防ぐ義務(予防義務)だけでなく、万が一事故が発生した場合に、被害を最小限に食い止めるための、迅速かつ適切な「緊急時対応義務」が法的に課せられています。施設側の「できる限りの対応はした」という説明が、法的に求められる水準を満たしていたかは、客観的な検証が必要です。

本稿では、誤嚥事故が発生した「後」の介護施設の対応に疑問を持つご家族のために、施設に求められる具体的な義務の内容、その対応の適切性を判断する基準、そしてご家族が確認すべき事項について、解説します。

本稿の構成

第1 はじめに:誤嚥事故発生後の施設の責任

第2 施設に求められる緊急時対応義務

第3 緊急時対応の適切性を判断する3つの基準

第4 施設の責任が問われうる具体的な事例

第5 結果との因果関係:責任追及における最大の論点

第6 ご家族が確認すべき事項と証拠収集の方法

第7 Q&A:「事故後の対応」に関する疑問

第8 まとめ:事故後の対応の検証は専門家にご相談ください

第2 施設に求められる緊急時対応義務

介護施設が利用者に対して負う安全配慮義務は、事故発生後、被害を最小限に食い止める義務(結果回避義務)へと形を変えて継続します。誤嚥・窒息が疑われる緊急事態において、施設には以下の一連の対応を、迅速かつ的確に行うことが求められます。

 

1 異常の早期発見

利用者の異常(むせ込み、顔色不良、呼吸困難、意識レベルの低下など)を速やかに発見することが全ての起点となります。

 

2 状況の迅速な評価

異常発見後、直ちに利用者の状態(窒息の有無、意識レベル、呼吸、脈拍などのバイタルサイン)を評価し、緊急度を判断します。

 

3 適切な救命措置の実施

窒息など生命の危機が迫っている場合は、直ちに救命措置を開始します。

 

⑴ 気道異物除去

意識がある場合は咳を促し、効果がなければ背部叩打法や腹部突き上げ法(ハイムリック法)を実施します。

 

⑵ 心肺蘇生(CPR)とAEDの使用

意識がなく、心停止・呼吸停止状態であれば、直ちに胸骨圧迫を中心とする心肺蘇生を開始し、AEDを使用します。

 

⑶ 口腔内吸引

吸引器が使用可能な状況であれば、口腔内の異物や分泌物を吸引します。

 

4 迅速な応援要請と情報共有

一人で対応せず、速やかに他の職員に応援を求め、状況を共有して役割分担(救命措置、救急要請、家族への連絡、記録など)を行います。

 

5 救急要請(119番通報)の判断と実施

窒息、意識消失、呼吸停止など生命の危機が疑われる状況では、救命措置と並行して、あるいは最優先で、ためらうことなく119番通報を行う義務があります。「様子見」という判断は許されません。

 

6 医療機関への情報提供

救急隊到着後、発生状況、利用者の既往歴、施設での処置内容と時刻などを正確に引き継ぎます。

 

7 家族への連絡

救急要請と並行、または状況が落ち着き次第、速やかに家族へ連絡し、状況を説明します。

第3 緊急時対応の適切性を判断する3つの基準

事故後の施設の対応が適切であったかは、主に以下の3つの側面から総合的に評価されます。

 

1 迅速性

誤嚥・窒息事故では時間が予後に直結するため、対応のスピードが極めて重要です。

⑴ 異常発見から救命措置開始までの時間

⑵ 救急要請の判断と実施までの時間

⑶ 応援要請や情報伝達のスピード

 

2 的確性

迅速であっても、実施された処置や判断の内容が適切でなければなりません。

 

⑴ 救命措置の選択と手順の妥当性

利用者の状態に応じた適切な処置が、正しい手順で行われたか。

 

⑵ 救急要請の判断の妥当性

救急車を呼ぶべき状況で、呼ばないという判断ミスがなかったか。

 

⑶ 情報の正確性

救急隊や医療機関への情報伝達が、正確かつ十分であったか。

 

3 体制

事故発生時に適切に対応できるかは、日頃からの施設の準備に大きく左右されます。

⑴ 緊急時対応マニュアルの整備と周知

⑵ 救命措置に関する職員への定期的な教育・研修の実施

⑶ 吸引器やAEDなど、救命器具・設備の整備と管理状況

⑷ 応援要請や外部への連絡体制の明確化

第4 施設の責任が問われうる具体的な事例

事故後の対応に問題があり、施設の法的責任が問われる可能性が高い具体的な事例は以下の通りです。

 

1 明らかな窒息兆候にもかかわらず、「様子見」をして救急要請が遅れた

利用者が声を出せず、顔色が紫色(チアノーゼ)になっているにもかかわらず、即座に119番通報せず、「看護師を待ってから」などの理由で数分間対応が遅れた結果、重篤な後遺障害に至ったケース。窒息が強く疑われる状況下で救急要請を遅らせることは、重大な注意義務違反と判断される可能性が極めて高いです。

 

2 救命措置の知識・技術不足により、有効な処置が行われなかった

職員が窒息時の気道異物除去法や心肺蘇生法を知らず、パニックに陥り、背中をさするなど効果のない対応に終始したケース。職員に必要な教育・研修を怠っていたとして、施設の安全配慮義務違反が問われる可能性があります。

 

3 職員間の連携不足により、対応が遅延した

緊急時の指揮命令系統や役割分担が不明確で、誰が救急要請をするかなどで混乱し、組織的な対応ができずに時間を浪費したケース。緊急時対応マニュアルの不備や、訓練不足として施設の管理責任が問われる可能性があります。

第5 結果との因果関係:責任追及における最大の論点

施設の対応に遅れや不備(注意義務違反)があったとしても、法的な損害賠償責任を問うためには、その不備と利用者の悪い結果(死亡や後遺障害)との間に「因果関係」があることを立証する必要があります。

 

1 因果関係の立証とは

「もし施設が迅速かつ適切な対応をしていれば、利用者は死亡しなかった、あるいはもっと軽い後遺障害で済んだであろう」という関係性を、証拠に基づいて示すことです。

 

2 立証の難しさとポイント

この因果関係の立証は、高度な医学的知見を要するため、介護事故訴訟における最大のハードルの一つです。立証のためには、以下の点がポイントとなります。

⑴ 対応の遅れや不備の具体的内容を、介護記録や救急活動記録などから客観的に明らかにすること。

⑵ 窒息や心停止からの時間経過と予後に関する医学的文献やガイドラインを示すこと。

⑶ 収集した証拠を基に、協力医による医学的な意見書を作成すること。

第6 ご家族が確認すべき事項と証拠収集の方法

施設の対応に疑問を感じた場合、客観的な事実を把握し、証拠を確保するために、迅速に行動することが重要です。

 

1 詳細な時系列の確認

事故発見から救急搬送、家族への連絡に至るまでの正確な時刻を施設に確認し、記録します。

 

2 介護記録の開示請求

事故報告書、経過記録(ケース記録、看護記録)、緊急時対応マニュアル、研修記録などの開示を求め、内容を精査します。特に、事故発生時間帯の記録に、具体的な行動と時刻が記載されているかが重要です。

 

3 救急隊の活動記録の入手

管轄の消防署に対し、「救急活動記録票」の開示請求を行います。通報時刻、現場到着時刻、接触時の利用者の状態などが記録されており、客観的な第三者の記録として極めて重要です。

 

4 搬送先医療機関の診療録(カルテ)の入手

搬送先の医療機関に対し、診療録の開示請求を行います。事故後の対応が、その後の病状にどう影響したかを医学的に評価するための基礎資料となります。

第7 Q&A:「事故後の対応」に関する疑問

Q1 介護施設でできる応急処置には限界があると思いますが、それでも責任を問われるのですか?

A1 はい、問われる可能性があります。介護施設は医療機関ではありませんが、その状況下で通常期待されるレベルの応急処置(基本的な救命措置や迅速な救急要請)を、最善を尽くして行う義務があります。実施可能であった基本的な処置を怠った場合、責任を問われる可能性があります。

 

Q2 事故前の見守りに問題がなくても、事故後の対応が悪ければ施設の責任を問えますか?

A2 はい、問えます。事故を予防する義務と、事故発生後に被害を最小限に食い止める義務は、法的には別個の義務です。事故発生後の救命措置や救急要請が不適切で、そのために利用者の状態が悪化したと認められれば、事故後の対応の不備について法的責任を追及できる可能性があります。

 

Q3 本人が延命措置を望まない意思表示(リビングウィル)をしていました。施設は救急要請をしなくてもよいのですか?

A3 一概には言えません。本人の意思は尊重されるべきですが、誤嚥・窒息事故は必ずしも「終末期」の状況とは限りません。適切な処置による救命・回復の可能性がある場合、安易に救急要請を差し控えることは、法的な責任問題に発展するリスクがあります。本人の意思が不明確な場合や救命の可能性がある場合は、原則として救命を優先し、救急要請を行うべきと考えられています。

第8 まとめ:事故後の対応の検証は専門家にご相談ください

介護現場で事故のリスクをゼロにすることは困難です。だからこそ、万が一事故が発生した場合に、いかに迅速かつ的確に対応できるかという「事故後の対応力」が、介護施設には厳しく問われます。

施設の対応に遅れや不備があったのではないかと疑問に感じた場合、その検証には、介護記録や救急活動記録といった客観的な証拠の収集・分析が不可欠です。また、因果関係の判断には高度な医学的知見が求められます。

ご家族だけで抱え込まず、早い段階で介護事故に詳しい弁護士に相談し、法的な観点から対応の妥当性を評価し、今後の対応を検討することが重要です。

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