第1 はじめに:敗血症による死亡、保険会社の「因果関係否認」にどう立ち向かうか
交通事故で重傷を負い、治療を続けていた被害者の方が、「敗血症」を発症し、亡くなられてしまうケースがあります。
ご遺族としては、「事故の怪我が原因で体力が落ち、感染症にかかってしまったのだから、当然事故のせいだ」とお考えになることでしょう。
しかし、加害者側の保険会社からは、「敗血症は病気であり、交通事故とは無関係だ」「もともと糖尿病などの持病(既往症)があったから亡くなったのだ」として、死亡と事故との因果関係を否認されるケースが少なくありません。
あるいは、仮に因果関係が認められたとしても、「持病が死亡に影響したのだから、賠償額を大幅に減額(素因減額)すべきだ」と主張されることもあります。
しかし、敗血症だからといって、直ちに事故との因果関係が否定されたり、不当な減額が許されたりするわけではありません。
本稿では、交通事故後に敗血症で死亡したケースにおいて、裁判所がどのように因果関係や素因減額を判断しているのか、実際の判例を紐解きながら解説していきます。
本稿の構成
第1 はじめに:敗血症による死亡、保険会社の「因果関係否認」にどう立ち向かうか
第2 交通事故と敗血症の「因果関係」
第3 「素因減額」とは何か
第4 実際の裁判例から見る判断の傾向
第5 Q&A:敗血症による死亡事故に関する疑問
第6 まとめ:適正な賠償を受けるために、専門家への相談を
第2 交通事故と敗血症の「因果関係」
交通事故の損害賠償において、加害者に賠償責任を負わせるためには、事故と被害者の死亡(敗血症)との間に「相当因果関係」が認められる必要があります。
1 交通事故から敗血症に至る医学的プロセス
交通事故による外傷は、主に以下のプロセスを経て、敗血症に至ることがあります。
⑴ 外傷や手術による直接的な感染
開放骨折などの傷口から細菌が侵入したり、事故による怪我の治療のために行った手術の部位が感染(術後創部感染)したりすることで、そこから敗血症に進展する場合です。
⑵ 全身状態の悪化と免疫力の低下
事故による重篤な外傷(脳損傷、多発骨折など)や長期の入院生活は、患者の体力を奪い、免疫力を著しく低下させます。その結果、肺炎(誤嚥性肺炎)や尿路感染症といった感染症にかかりやすくなり、これらが重症化して敗血症に至る場合です。
2 裁判所による因果関係の判断枠組み
裁判所は、上記1のような医学的プロセスが認められることを前提に、事故による受傷がなければその時点で敗血症に罹患し死亡することはなかったといえるか、事故が死亡の発生にどの程度寄与したか等を総合的に検討し、相当因果関係の有無を判断します。
たとえ持病があったとしても、事故による受傷が契機となって感染症を発症し、死に至ったと認められる場合には、因果関係が肯定される可能性があります。
第3 「素因減額」とは何か
因果関係が認められたとしても、被害者の持病(素因)が死亡の結果発生や損害の拡大に寄与していると判断された場合、損害賠償額が減額されることがあります。これを「素因減額」といいます。
1 素因減額の法的根拠
素因減額は、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、損害の公平な分担を図るために行われます。敗血症のケースでは、糖尿病や肝疾患などの持病が問題となることが多いです。
2 減額の割合
減額の割合(寄与度)は、一律に決まっているわけではなく、個々の事案における持病の重篤度、事故の衝撃の大きさ、治療経過などを考慮して、裁判所が決定します。
第4 実際の裁判例から見る判断の傾向
では、具体的な事案において、裁判所はどのような判断を下しているのでしょうか。
1 骨折術後のMRSA感染による死亡(肯定例・素因減額なし:鹿児島地裁鹿屋支部令和4年2月7日判決)
⑴ 事案の概要
63歳男性が交通事故で右寛骨臼骨折等の重傷を負いました。手術後にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に院内感染し、感染性心内膜炎や脳梗塞を併発して高次脳機能障害となり、事故から約9ヶ月後に肝不全(転移性肝癌)で死亡しました。
⑵ 争点
被告側は、被害者には事故前から進行性の胃癌があり、それが転移して肝癌となり死亡したのであるから、事故と死亡との間に因果関係はないと主張しました。
⑶ 裁判所の判断
ア 因果関係:肯定
裁判所は、骨折の手術は必要不可欠であり、その術後にMRSAに感染したことは治療経過として起こり得る合併症であること、MRSA感染から敗血症等を経て高次脳機能障害に至った経過は医学的に説明可能であること等を理由に、事故と死亡(および高次脳機能障害)との因果関係を認めました。
イ 素因減額:なし
事故当時、肝癌の兆候はなく、近い将来に癌で死亡することが客観的に予測されていたとは言えないとして、素因減額(あるいは期間制限)を否定し、死亡逸失利益などの請求を認めました。
2 遷延性意識障害後の敗血症による死亡(肯定例・素因減額なし:大阪地裁令和5年6月8日判決)
⑴ 事案の概要
63歳男性が原付運転中にタクシーに衝突され、脳損傷等により遷延性意識障害(いわゆる植物状態)となりました。約3年間の入院生活の後、敗血症により死亡しました。
⑵ 争点
被告側は、被害者には糖尿病や肝機能障害の既往症があり、これが敗血症の原因であるとして因果関係を争い、予備的に素因減額を主張しました。
⑶ 裁判所の判断
ア 因果関係:肯定
裁判所は、事故による遷延性意識障害により寝たきりとなり、誤嚥性肺炎や尿路感染症を繰り返すようになったこと、医学的に遷延性意識障害の患者は感染症から敗血症に至るリスクが高いとされていることを重視し、敗血症は事故による免疫力低下によって生じたものであると認定しました。
イ 素因減額:なし
被害者は事故前に就労しており日常生活に支障がなかったこと、事故による受傷が甚大でありそれが敗血症の主たる原因であることから、既往症の寄与は限定的であるとして、素因減額を否定しました。
第5 Q&A:敗血症による死亡事故に関する疑問
Q1 事故から数年経って亡くなった場合でも、因果関係は認められますか?
A1 はい、認められる可能性があります。実際に、事故から約3年後の死亡について因果関係が認められた判例もあります(上記大阪地裁)。期間の長さだけでなく、その間の症状の経過や治療内容の連続性、医学的なメカニズムが重要になります。
Q2 持病(糖尿病など)がある場合、必ず減額されますか?
A2 必ずしも減額されるわけではありません。持病があっても、薬などでコントロールされており、事故前は元気に生活できていたといえる場合は、素因減額されずに全額賠償が認められる可能性があります。
Q3 医師の診断書に「敗血症」としか書かれていません。「事故による」と書いてもらう必要はありますか?
A3 診断書の記載は重要ですが、医師が医学的な見地から「事故が原因」と断定できない場合もあります。その場合は、弁護士がカルテ等の医療記録を精査し、事故から敗血症に至る医学的なメカニズムを意見書としてまとめ、法的に因果関係を主張していくことになります。
第6 まとめ:適正な賠償を受けるために、専門家への相談を
敗血症による死亡事故においては、因果関係の立証や素因減額の可否を巡り、医学的・法的に高度な判断が求められます。
保険会社は、「病死である」「持病の影響だ」として、因果関係を否定したり、大幅な減額を主張したりしてくることが一般的です。
しかし、裁判例に見るように、事故による身体へのダメージが連鎖的に病態を悪化させ、死に至ったという因果の流れを緻密に立証できれば、正当な賠償を勝ち取ることは十分に可能です。
諦める前に、交通事故に精通した弁護士に相談し、適切な主張・立証を行うことが、正当な補償を受けるための第一歩となります。