事故で壊れたスマートフォン、メガネ、衣服は補償される?「携行品損害」の請求方法と時価額の考え方

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事故で壊れたスマートフォン、メガネ、衣服は補償される?「携行品損害」の請求方法と時価額の考え方

2026.03.05

第1 はじめに:見過ごされがちな「物」の損害

交通事故に遭うと、多くの方が車の修理やご自身の治療に意識を向けますが、事故の衝撃で壊れてしまった身の回りの物も、損害賠償の対象となり得ます。

事故時に身につけていたメガネや衣服、手に持っていたスマートフォン、車内に置いていたノートパソコンなどが破損した場合、これらは「携行品損害」として、加害者側にその損害を請求することが可能です。

しかし、これらの物の損害は、法律上の根拠や賠償額の算定方法が人身損害と異なるため、保険会社との交渉において争いになりやすい項目の一つです。

本稿では、どのような物が損害賠償の対象となるのか、賠償額はどのように決まるのか、そして、具体的に請求するための手順と注意点について、法的な視点から解説します。

本稿の構成

 

第1 はじめに:見過ごされがちな「物」の損害

第2 携行品損害の法的根拠と請求の範囲

第3 賠償額の算定方法:「時価額」の原則と例外

第4 携行品損害を請求するための具体的な手順

第5 自身の自動車保険「身の回り品補償特約」の注意点

第6 Q&A:「携行品損害」に関する疑問

第7 まとめ:小さな損害と諦めずに請求することが重要です

第2 携行品損害の法的根拠と請求の範囲

携行品損害の請求を理解するためには、まずその法的な位置づけを知る必要があります。

1 請求の根拠は民法709条

携行品のような「物」の損害(物損)は、人身損害と異なり、自賠責保険の対象外です。請求の根拠は、加害者の故意・過失による不法行為責任を定めた民法第709条となり、通常は加害者が加入する任意保険会社に対して請求します。

2 立証責任は被害者側にある

物損の請求では、被害者側が、①事故によって物が壊れたこと、②その物の事故当時の価値、③損害額などを客観的な証拠で証明する必要があります。

3 賠償が認められる範囲(相当因果関係)

賠償の対象となるのは、事故と「相当因果関係」が認められる損害に限られます。これは、その事故からその損害が発生することが、社会通念上、合理的と認められる範囲を指します。

例えば、事故でパソコン本体が壊れた場合の修理費や時価額は「通常損害」として認められますが、パソコン内のデータ消失によって生じた事業上の利益の減少などは、加害者が予見できなかった「特別損害」として、賠償が否定される傾向にあります。

第3 賠償額の算定方法:「時価額」の原則と例外

携行品損害の賠償は、壊れた物を新品に買い替える費用(再調達価額)が全額認められるわけではない、という点が最も重要なポイントです。原則として、事故当時のその物の価値である「時価額」が賠償額の上限となります。

1 時価額の考え方(減価償却)

時価額とは、一般的に、その物の購入価格から、使用した期間に応じた価値の減少分(減価償却)を差し引いた金額を指します。物の価値は時間と共に減少していくため、事故時点での価値を基準に賠償額が算定されます。

2 修理可能な場合

物が修理可能な場合は、「修理費用」と「事故時点での時価額」を比較し、いずれか低い方の金額が賠償額となります。例えば、修理費が5万円でも、その物の時価額が3万円と評価されれば、賠償額は3万円が上限となります。

3 減価償却の例外

ただし、画一的な減価償却が不合理な場合、例外的に購入価格に近い金額が認められることがあります。

⑴ 購入直後の物品

事故の当月に購入したばかりのiPhoneについて、使用による価値の減少はごくわずかであるとして、購入価格の全額賠償を認めた裁判例があります。購入から日の浅い物品は、購入価格そのものが時価額に近いと主張できます。

⑵ 経年劣化しにくい性質を持つ物品

バイオリンや美術品、骨董品、高級腕時計など、その価値が使用年数ではなく希少性や芸術性、ブランド価値に依存する物品については、時の経過による価値の減少が認められず、購入価格に近い金額が損害として認定される可能性があります。

第4 携行品損害を請求するための具体的な手順

損害を立証する責任は被害者側にあります。適切な賠償を受けるためには、以下の手順で証拠を確保し、請求することが重要です。

1 手順1:証拠を保全する

⑴ 破損した物の写真を撮影する

事故後、可能な限り速やかに、壊れた物の写真を撮影します。全体が写った写真と、破損部分がよく分かる写真を複数枚撮っておくことが有効です。

⑵ 現物を保管する

保険会社の担当者が現物を確認する場合があるため、示談が成立するまで、壊れた物は安易に処分せず保管してください。

2 手順2:損害額を証明する資料を収集する

⑴ 購入時期と購入価格を明らかにする

購入時のレシート、領収書、クレジットカードの利用明細、オンラインショップの購入履歴などを準備します。

⑵ 領収書がない場合の代替手段

領収書がなくても、価格比較サイト(例:価格.com)の価格推移グラフや、フリマアプリ(例:メルカリ)で同等品を検索し「売り切れ」で絞り込んだ取引実績のスクリーンショットを提示することで、購入当時の価格や現在の時価額を客観的に示すことが可能です。

⑶ 修理費用の見積書を取得する

修理が可能な場合は、メーカーや修理業者から修理費用の見積書を取得します。

3 手順3:保険会社に損害を申告する

上記で収集した資料を基に、品名、購入時期、購入価格、破損の程度などを具体的に記載した「損害品リスト」を作成し、保険会社に提出します。

第5 自身の自動車保険「身の回り品補償特約」の注意点

加害者側への請求とは別に、ご自身が加入する自動車保険の特約が使える場合がありますが、重大な注意点があります。

1 特約利用のメリットとデメリット

ご自身の過失割合に関わらず、迅速に保険金が支払われるメリットがあります。一方で、保険を使うと翌年度の保険料が上がることや、免責金額(自己負担額)が設定されている点に注意が必要です。

2 補償対象外とされることが多い品目

最も注意すべきは、多くの保険会社の「身の回り品補償特約」では、スマートフォン、ノートパソコン、タブレット端末、メガネ、コンタクトレンズといった、破損する可能性が高い高額な携行品が、補償の「対象外」とされている点です。

特約の名称から受ける印象と実際の補償内容には大きな乖離があるため、必ずご自身の保険約款を確認し、これらの品が対象外である場合は、加害者側への請求に注力する必要があります。

第6 Q&A:「携行品損害」に関する疑問

Q1 購入時のレシートや領収書がありません。請求は不可能ですか?

A1 いいえ、不可能ではありません。本稿の第4で解説した通り、クレジットカードの明細やフリマアプリの取引実績などで、購入時期や時価額を客観的に主張することは可能です。ただし、客観的な証明資料がないと、保険会社との交渉が難航する場合があります。

Q2 購入したばかりの新品のスマートフォンが壊れてしまいました。全額補償されますか?

A2 購入直後の物であれば、価値の減少はほとんどないため、購入価格とほぼ同額の賠償が認められる可能性が高いです。ただし、被害者側に過失割合がある場合は、その分が減額されます。

Q3 仕事で使うノートパソコンが壊れ、データが消えてしまいました。データの価値も補償されますか?

A3 原則として、パソコン本体の時価額は賠償対象となります。しかし、記録されていたデータの価値そのもの(例:執筆中の原稿や研究データ)については、その損害額の立証が極めて困難であるため、賠償を求めるのは非常に難しいのが実情です。ただし、データ「復旧費用」については、事故との因果関係が認められれば、損害として認められた裁判例があります。

Q4 現金や有価証券(商品券など)を落として紛失しました。補償の対象になりますか?

A4 現金、有価証券、小切手、印紙などは、一般的に補償の対象外とされています。

Q5 交渉が決裂した場合、どうすればよいですか?

A5 すぐに訴訟を考える前に、無料で利用できる「交通事故紛争処理センター」などの裁判外紛争処理機関(ADR)の利用が有効です。中立な立場の専門家が和解のあっせんを行い、迅速な解決が期待できます。

第7 まとめ:小さな損害と諦めずに請求することが重要です

携行品損害は、一つ一つの金額が大きくない場合も多く、請求をためらったり、保険会社から提示された低い金額で安易に合意してしまったりする方が少なくありません。

しかし、携行品損害も交通事故によって生じた正当な損害であり、法律に基づいて補償を受けるべき権利です。

損害を証明するための客観的な証拠を丁寧に集め、法的な根拠に基づいて粘り強く交渉することが大切です。もし、保険会社の提示額に納得がいかない場合や、高価な物が破損して損害額が大きい場合は、専門家である弁護士に相談することをお勧めします。

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