第1 はじめに:脊柱変形障害における逸失利益の現状
交通事故により脊椎(背骨)を圧迫骨折するなどの重傷を負い、治療を継続したものの、脊柱に変形が残存してしまうことがあります。
このような場合、自賠責保険によって、後遺障害等級11級7号「脊柱に変形を残すもの」に認定されることがあります。
後遺障害等級が認定された場合、被害者は加害者側に対し、後遺障害逸失利益(後遺障害により労働能力が低下したことによる将来の減収分)を請求することになりますが、11級の労働能力喪失率は、「20%」と定められています。そのため、被害者としては、「20%の喪失率に基づいて逸失利益が支払われる」と期待するのが通常です。
しかしながら、実際の示談交渉においては、加害者側の保険会社は、この労働能力喪失率について否定的な見解を示すことが少なくありません。
「骨癒合は良好であり、変形は軽微であるため、労働能力に影響はない(喪失率は0%である)」、あるいは「痛み(神経症状)があるとしても14級相当(喪失率5%)にとどまる」といった主張がなされることが往々にして起こります。
そして、裁判例においても、脊柱変形障害の場合、無条件で「20%」の喪失率が認められるわけではなく、事案によっては逸失利益自体が否定されたり、低い喪失率しか認められないケースも存在します。
もっとも、ここで諦めてしまうのは早計です。裁判例の中には、適切な主張・立証を行うことで、逸失利益が認められたケース、さらには原則通りの20%の喪失率が認められたケースも確かに存在します。
本稿では、脊柱変形障害における逸失利益について、保険会社の主張を鵜呑みにせず、適切な賠償を獲得するために知っておくべきポイントを解説します。
本稿の構成
第2 後遺障害等級11級7号(脊柱変形)とは
交通事故における後遺障害等級認定において、脊柱の変形障害は、変形の程度により以下の等級に分類されます。
6級5号:脊柱に著しい変形を残すもの
8級2号:脊柱に中程度の変形を残すもの
11級7号:脊柱に変形を残すもの
11級7号の「脊柱に変形を残すもの」とは、X線写真等により脊椎圧迫骨折等を確認することができる場合などが該当します。これは、脊柱の支持機能(身体を支える機能)や保持機能に一定の障害が生じている状態を指します。
逸失利益を算定する際の計算式は以下のとおりです。
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
11級7号が認定された場合、労働能力喪失率は原則として20%となります。しかし、前述のとおり、この数値がそのまま認められるかどうかは、個別の事案ごとの判断となります。
第3 保険会社や加害者側が主張する「逸失利益否定」の論理
11級7号が認定されているにもかかわらず、なぜ加害者側は逸失利益を否定、あるいは減額を主張するのでしょうか。実際の裁判において、被告(加害者側)から提出される準備書面や医師の意見書等では、主に以下のようなが主張されます。
1 骨挫傷(Bone Bruise)理論による主張
加害者側の医師意見書では、被害者の圧迫骨折について「骨皮質に骨折はあるものの、その程度は著しいものではなく、骨挫傷に近いものである」との見解が示されることがあります。骨挫傷とは、骨折に至らない骨髄内の比較的軽度の損傷であり、時間の経過とともに異常を残さずに治癒するものであるとされています。この見解に基づき、「画像上、変形の程度は極めて軽微であり、生理的楔状化(生まれつきや加齢による自然な変形)の範囲内である」として、後遺障害としての評価に値しないと主張されることがあります。
2 可動域制限と変形の無関係性
被害者が「身体が動かしにくい(可動域制限)」を訴えている場合でも、加害者側は「椎体のみの骨折によって可動域制限が生じることは理論的にあり得ない」と主張することがあります。現に生じている可動域制限や痛みは、コルセット装着などの保存療法によって一時的に筋肉等が固まった(軟部組織の拘縮)結果に過ぎず、リハビリや日常生活の中で回復するものである、という理屈です。
3 労働能力への影響の欠如
上記のように、変形が軽微であり、痛みも一過性のものであるとするならば、労働能力に永続的な影響を与えることはないという主張です。特に、被害者が事務職などの場合、「脊柱の変形は肉体労働には影響するかもしれないが、デスクワークには支障がない」として、逸失利益を否定する根拠とされることがあります。
第4 裁判例における判断の傾向:逸失利益は認められるか
では、裁判所はこのような加害者側の主張をどのように判断しているのでしょうか。実際の裁判例を分析すると、決して一筋縄ではいかない現状が見えてきますが、同時に逸失利益が認められる可能性も十分にあることがわかります。
1 20%が認められた事例(名古屋地裁平成23年10月7日判決等)
この裁判例では、脊柱の変形障害について、脊柱の支持機能・保持機能を害し、労働能力に影響を与えるものであるという点に着目し、原則どおり20%の喪失率を認めました。
具体的には、被害者の職業が重量物を扱う仕事や、身体への負担が大きい仕事である場合、変形や痛みが業務に与える支障は大きいと判断され、20%が認められやすくなります。このケースでは、「痛みは変形とは無関係」という加害者側の主張に対し、事故後に症状が継続している事実を重視し、労働能力喪失率20%を前提とした逸失利益を認めています。
2 喪失率が制限された事例(横浜地裁平成21年11月12日判決等)
一方で、変形の程度が軽微であったり、現実に減収が生じていなかったりする場合には、喪失率が制限的に解釈されることがあります。この事例では、11級7号の認定は維持しつつも、労働能力喪失率については14%(12級相当)にとどまると判断されました。
理由としては、「腰痛の原因は圧迫骨折そのものではなく筋・筋膜性腰痛である」「変形が軽微で骨癒合もしている」といった点が挙げられています。
しかし、たとえ20%満額でなくとも、逸失利益自体は肯定されている点に注目すべきです。保険会社の「逸失利益ゼロ主張」を覆し、一定の賠償を獲得できた事例といえます。
第5 逸失利益を獲得するためのポイント
以上の裁判例の傾向を踏まえると、脊柱変形障害において逸失利益を獲得するためには、以下のポイントを意識して主張・立証を行うことが重要です。
1 症状の持続性と強度の立証
単に「痛い」と主張するだけでなく、その痛みが持続的かつ強度のものであることを、カルテや診断書の記載を通じて明らかにする必要があります。具体的には、「くしゃみをすると痛む」「下の物を取ろうとして動けなくなった」といった具体的なエピソードが診療録に残っていることが重要です。また、リハビリを継続しても症状が残存している事実は、症状の頑固さを裏付ける要素となります。
2 労働への具体的支障の主張
自身の職業において、脊柱の変形や痛みがどのような具体的動作を妨げているかを詳細に主張する必要があります。例えば、「清掃業において前屈みの姿勢を維持できない」「重量物の運搬が困難になった」「痛みのために休憩を頻繁に取らざるを得ない」といった事情です。休業期間の長さや、職場復帰後のコルセット着用の事実なども、労働への支障を裏付ける重要な事実となります。
3 医学的主張への適切な反論
加害者側から提出される「骨挫傷である」「変形は軽微である」とする主張に対しては、適切な反論を行う必要があります。場合によっては、主治医の協力を得て反論の意見書を提出することが求められる場合もあります。
第6 Q&A:脊柱変形障害に関するよくある疑問
Q1 11級が認定されれば、必ず逸失利益がもらえますか?
A1 必ずもらえるとは限りません。後遺障害等級の認定と、裁判における逸失利益の認定は別の判断です。しかし、11級が認定されている事実は、身体に器質的な損傷が残ったことの強力な証拠となります。これを足がかりに、労働能力への影響を立証していくことになります。
Q2 20%の喪失率は認められますか?
A2 認められる場合もありますが、簡単ではありません。裁判例でも20%を認めるものもあれば、14%程度に制限するものもあります。「20%取れて当たり前」ではありませんが、諦める必要もありません。被害者の職業、変形の程度、痛みの強さなどを総合的に考慮して判断されるため、個別の事情をしっかり主張することが大切です。
Q3 加害者側から「労働能力喪失期間は10年程度だ」と言われました。
A3 原則として67歳までの期間を主張すべきですが、制限される可能性もあります。脊柱変形は器質的損傷(骨の変形)であるため、原則として就労可能年数(67歳まで)の喪失期間を主張すべきです。しかし、痛みが主たる症状である場合などは、期間が制限されることもある点に留意が必要です。
第7 まとめ:適切な賠償を受けるために
脊柱変形障害(11級7号)における逸失利益は、加害者側が激しく争ってくるポイントであり、裁判所も慎重に判断する傾向にあります。「11級だから20%もらえる」と安易に考えることはできませんが、一方で、保険会社の「逸失利益はゼロだ」という主張を鵜呑みにする必要も全くありません。
裁判例の中には、逸失利益を認め、さらには20%の喪失率を認めたものも確かに存在します。重要なのは、ご自身の症状や職業上の支障を具体的かつ説得的に立証し、裁判官に「労働能力に影響がある」と認めてもらうことです。
交通事故の被害に遭い、脊柱の圧迫骨折等の診断を受けた方、あるいは後遺障害の等級認定や示談提示額に疑問をお持ちの方は、専門的な知識を有する弁護士にご相談されることを強くお勧めします。弁護士が介入することで、適切な主張・立証を行い、少しでも有利な条件での解決を目指すことが可能になります。