第1 はじめに:「ただの捻挫」と診断された手首の痛みが続く場合
交通事故でハンドルを強く握ったまま衝撃を受けたり、転倒して手をついたりした後、手首の小指側にズキズキとした痛みが残ることがあります。
整形外科でレントゲンを撮っても「骨には異常ありません。ただの捻挫でしょう」と言われ、湿布だけで様子を見ていたものの、数ヶ月経っても痛みが引かない、ドアノブを回すときやタオルを絞るときに激痛が走る…。
もしそのような症状があるなら、それは単なる捻挫ではなく、「TFCC(三角線維軟骨複合体)損傷」という、手首の重要な組織の損傷である可能性があります。
TFCC損傷は、レントゲンには写らないため見過ごされやすく、発見が遅れると適切な治療が受けられないだけでなく、後遺障害等級の認定においても「事故との因果関係」を否定されるリスクが高まります。
本稿では、TFCC損傷とは何か、なぜ見過ごされやすいのか、そして後遺障害として認定されるために不可欠な検査方法と、決定的な証拠となる「MRI検査」を受ける際に被害者が知っておくべき重要な条件について解説します。
本稿の構成
第2 「TFCC」の構造と損傷メカニズム
1 TFCC(Triangular Fibrocartilage Complex)とは
TFCCは、手首の小指側にある、尺骨(腕の2本の骨のうち小指側の骨)と手根骨(手の小さい骨の集まり)の間にある、軟骨や靭帯の複合体です。日本語では「三角線維軟骨複合体」と呼ばれます。
TFCCは、手首にかかる衝撃を吸収するクッションの役割と、手首をひねる動作(回内・回外)を安定させる役割を担っております。
2 交通事故における受傷メカニズム
TFCC損傷は、手首に強い外力やねじれの力が加わることで発生します。特に、手関節が安定すべきところに、無理な回旋力や尺屈(小指側に曲がる動き)ストレスがかかった際に生じます。
⑴ ハンドル損傷
運転中、衝突の瞬間にハンドルを強く握りしめ、その衝撃が手首に伝わることで損傷します。
⑵ 転倒時の着手
バイクや自転車、歩行中の事故で転倒し、とっさに地面に強く手をついた際の衝撃と、手首が強制的に反り返る力(過伸展)によって損傷します。
3 主な症状
・手首の小指側の痛み(尺側部痛)
・手首をひねる動作(ドアノブを回す、鍵を開ける、タオルを絞る)での激痛
・手をついて立ち上がろうとする時の痛み
・手首の可動域制限や、クリック音(ポキポキと鳴る)
・尺頭骨(手首の小指側の骨の出っ張り)の不安定性
第3 なぜTFCC損傷は「見逃されやすい」のか
TFCC損傷は、交通事故診療において非常に見逃されやすい傷病の一つです。その理由は主に2つあります。
1 レントゲンに写らない
事故直後の救急搬送先や、一般的な整形外科で行われるレントゲン検査は、あくまで「骨」の状態を見るものです。TFCCは軟骨や靭帯といった軟部組織であるため、レントゲンには一切写りません。そのため、骨折がないことだけを確認して「異常なし(頸椎捻挫、打撲)」と診断されてしまうケースが後を絶ちません。
2 診断の難しさ
TFCC損傷の確定診断には、詳細な問診による受傷機転の確認や、MRIなどの精密検査が必要です。しかし、単なる「捻挫」として見逃されてしてしまうことがあり、適切な検査が行われないまま時間が経過してしまうことがあります。
第4 後遺障害認定の鍵となる「MRI検査」
TFCC損傷を後遺障害として立証するためには、MRI検査による画像所見が決定的な証拠となります。しかし、ただ漫然とMRIを撮れば良いというわけではありません。認定を得るためには、以下の「条件」を満たすMRI検査が必要です。
1 解像度(テスラ数)の高いMRI装置で撮影すること
TFCCは非常に微細な組織であるため、一般的な低解像度のMRI装置では、損傷が鮮明に映らないことがあります。
後遺障害の立証には、磁場の強さが、できれば「3.0テスラ」の高解像度MRI装置での撮影が推奨されます。主治医の病院に設備がない場合は、高性能なMRIがある画像診断センターや総合病院への紹介状を書いてもらうよう依頼すべきです。
2 「関節造影MRI(MRA)」の検討
通常のMRIでも損傷が判然としない場合、関節内に造影剤を注入してから撮影する「関節造影MRI(MRA)」が極めて有効です。
特に、尺骨小窩(fovea)と呼ばれる部分に造影剤の漏出(漏れ)が認められる場合、それはTFCCの断裂を示唆する強力な所見となります。また、造影剤の漏出は、損傷部位がまだ修復・癒着していない「新鮮な損傷」であることを意味し、事故との因果関係を証明する上でも重要な証拠となります。
3 専門医による読影と意見書
撮影された画像からTFCC損傷を見つけ出してもらうこと(読影する)が重要です。手外科の専門医であれば見つけられる所見を、専門外の医師が見落としてしまうこともあります。
また、MRI画像において、変形性関節症や関節炎といった「慢性的な疾患を表す所見(骨棘など)」がないことを医師に確認してもらい、意見書等に記載してもらうことで、「今回の事故による新鮮な外傷である(加齢によるものではない)」という主張を補強できます。
4 撮影のタイミング
事故から時間が経ちすぎると、外傷による炎症や浮腫が引いてしまい、損傷が分かりにくくなる場合があります。そのため、事故との因果関係を疑われないためにも、痛みが続く場合は「様子を見る」のではなく、事故後できるだけ早期にMRI検査を依頼することが重要です。
第5 MRI以外に受けるべき「徒手検査」
画像所見と併せて、医師が直接手首を動かして痛みを誘発させる「徒手検査」の結果も、後遺障害認定の重要な資料となります。
1 代表的な徒手検査
以下の検査で陽性(痛みが出る)反応があることを、カルテや後遺障害診断書に記載してもらう必要があります。
⑴ 尺骨頭ストレステスト
手首を小指側に曲げたり、圧迫したりして痛みを誘発する検査。
⑵ 尺骨小窩の圧痛(fovea sign)の確認
手首の小指側のくぼみ(TFCCが存在する場所)を押して痛みがあるかを確認する検査。
⑶ ピアノキーサイン
尺骨頭を押すとピアノの鍵盤のように沈み込み、離すと浮き上がる現象(遠位橈尺関節の不安定性を示唆)。
2 医師への伝え方のポイント
「手首が痛い」というだけでなく、「バイクで転倒した際に強く手をついた」「タオルを絞る動作で、小指側のこの一点に鋭い痛みが走る」といった受傷時の状況や具体的な症状を伝えてください。これにより、医師はTFCC損傷を疑い、適切な徒手検査を行ってくれる可能性が高まります。
また、舟状骨骨折など、他の部位の骨折や骨挫傷がMRIで見つかった場合、直接TFCCとは関係なくても、「それだけの強い外力が手首に加わった」という事実を示す証拠として有用です。
第6 TFCC損傷で認定されうる後遺障害等級
TFCC損傷による後遺障害は、主に「痛み(神経症状)」と「可動域制限(機能障害)」の観点から認定されます。
1 神経症状(痛み)
⑴ 第12級13号:「局部に頑固な神経症状を残すもの」
MRI画像(特に関節造影MRIなど)によってTFCCの断裂や損傷が明確に確認でき、かつ徒手検査の結果とも整合性が取れている場合、医学的に「証明」できたとして認定されます。
⑵ 第14級9号:「局部に神経症状を残すもの」
画像所見が不明瞭であっても、事故状況や治療経過、徒手検査の結果から、痛みの存在が医学的に「説明」できる場合に認定されます。
2 機能障害(可動域制限)
⑴ 第10級10号:「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」
手首の可動域が、健側(怪我をしていない側)の2分の1以下に制限された場合。
⑵ 第12級6号:「1上肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すもの」
手首の可動域が、健側の4分の3以下に制限された場合。
第7 Q&A:「TFCC損傷」に関する疑問
Q1 MRIで「異常なし」と言われましたが、痛みが続きます。どうすれば良いですか?
A1 MRIの解像度が低い場合や、造影剤を使用していない場合、微細な損傷が見逃されている可能性があります。専門医によるセカンドオピニオンや、より高性能なMRIでの再撮影、あるいは造影MRI(MRA)を検討してください。
Q2 TFCC損傷で後遺障害等級が認定された場合、賠償金はいくらくらいになりますか?
A2 等級によって異なりますが、弁護士基準(裁判基準)で計算した場合、後遺障害慰謝料は、14級9号で約110万円、12級13号(または6号)で約290万円となります。これに加え、将来の収入減に対する補償である「逸失利益」も請求できます。
Q3 事故から3ヶ月経ってからMRIを撮りました。遅すぎますか?
A3 遅すぎることはありませんが、早いに越したことはありません。3ヶ月経過していても、TFCC断裂の所見が確認できれば有力な証拠となります。ただし、事故直後から手首の痛みを訴えていたことがカルテに残っていることが、事故との因果関係を証明する前提となります。
Q4 加齢によるもの(変性)と言われました。どうすれば良いですか?
A4 TFCCは加齢によっても摩耗するため、保険会社は「事故ではなく加齢によるもの(変性断裂)」と主張してくることがあります。これに対抗するためには、事故以前に手首の症状がなかったことや、事故の衝撃の強さ、そしてMRI画像上の「新鮮な損傷」を示唆する所見(造影剤の漏出や浮腫、炎症など)を医師に意見書としてまとめてもらうなどの対策が必要です。
第8 まとめ:手首の痛みは放置せず、専門家にご相談ください
交通事故による手首の痛みは、単なる捻挫ではなく、TFCC損傷という難治性の怪我である可能性があります。
この傷病は、通常のレントゲンでは発見できず、一般的な整形外科医でも見逃してしまうことがあるため、被害者自身が知識を持ち、適切な検査(高性能MRIや徒手検査)を求める行動を起こすことが、将来の正当な補償を守るために不可欠です。
「手首の痛みが引かない」「医師に様子を見ましょうと言われ続けて不安だ」という方は、症状固定の時期を迎える前に、交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。

