第1 はじめに:事故後の敗血症による死亡、保険会社に因果関係を否定されたら
交通事故で重傷を負い、懸命な治療を続けていたにもかかわらず、途中で「敗血症」を発症し、最悪の場合、亡くなられてしまうケースがあります。ご遺族としては、「事故さえなければ、こんなことにはならなかった」「事故の怪我が原因で体力が落ち、感染症にかかってしまったのだから、当然事故のせいだ」とお考えになることでしょう。
しかし、加害者側の保険会社は、「敗血症は病気であり、交通事故とは無関係だ」「持病(既往症)の影響で亡くなったのだ」などと主張し、死亡に関する損害賠償を拒否してくることが少なくありません。
ですが、交通事故による受傷が原因で免疫力が低下し、感染症から敗血症に至った場合、法的には事故と死亡との間に「相当因果関係」が認められる可能性があります。
本稿では、交通事故後に敗血症を発症して死亡した場合の損害賠償請求について、実際の裁判例(鹿児島地裁鹿屋支部令和4年2月7日判決、大阪地裁令和5年6月8日判決)を詳細に分析しながら、因果関係を立証するためのポイントや、保険会社が主張する「素因減額」への対抗策などを解説します。
本稿の構成
第2 なぜ交通事故が敗血症を引き起こすのか
1 敗血症の基礎知識
敗血症とは、肺炎や尿路感染症などの感染症を起こしている細菌やウイルスが血液中に入り込むなどして全身に広がり、それに対する生体反応が制御不能となって、自らの臓器を傷つけてしまう生命に関わる病気ですが、進行すると多臓器不全を引き起こし、死に至る危険性が高い病気です。
2 交通事故から敗血症に至るプロセス
以下のプロセスを経て、交通事故によって敗血症を引き起こされることがあります。
⑴ 外傷や手術による直接的な感染
開放骨折などの傷口から細菌が侵入したり、事故による怪我の治療のために行った手術の部位が感染(術後創部感染)したりすることで、そこから敗血症に進展する場合があります。
⑵ 全身状態の悪化と免疫力の低下
事故による重篤な外傷(脳損傷、多発骨折など)や長期の入院生活は、患者の体力を奪い、免疫力を著しく低下させます。
⑶ 合併症としての感染症の発症
免疫力が低下し、寝たきりの状態が続くと、誤嚥による肺炎(誤嚥性肺炎)や、尿道カテーテルの留置による尿路感染症といった感染症にかかるリスクが極めて高くなります。
⑷ 重症化による敗血症の発症
健康な状態であれば治癒するような感染症であっても、事故により衰弱した身体では重症化しやすく、結果として敗血症に至ることがあります。
第3 裁判例から見る因果関係が認められる条件
交通事故と敗血症による死亡との間に「相当因果関係」があるか否かは、裁判において激しく争われることが多いです。以下の2つの裁判例は、どのような場合に因果関係が認められるかを示唆しています。
1 鹿児島地裁鹿屋支部令和4年2月7日判決
⑴ 事案の概要
被害者A(63歳男性)は、交通事故で右寛骨臼骨折等の重傷を負いました。手術後にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に院内感染し、さらに感染性心内膜炎や脳梗塞を併発して高次脳機能障害となり、事故から約9ヶ月後に肝不全(転移性肝癌)で死亡しました。
⑵ 被告の主張
被告側は、Aには事故前から進行性の胃癌があり、それが転移して肝癌となり死亡したのであるから、事故と死亡との間に因果関係はないと主張しました。
⑶ 裁判所の判断
裁判所は、以下の理由から事故と死亡との因果関係を認めました。
ア 骨折の手術は必要不可欠であり、その術後にMRSAに感染したことは、治療経過として起こり得る合併症であること。
イ MRSA感染から敗血症、脳梗塞等を経て高次脳機能障害に至った経過は、医学的に説明可能であること。
ウ 事故当時、Aに肝癌の兆候はなく、近い将来に癌で死亡することが客観的に予測されていたとは言えないこと。
2 大阪地裁令和5年6月8日判決
⑴ 事案の概要
被害者A(63歳男性)は、原付運転中にタクシーに衝突され、脳損傷等により遷延性意識障害(いわゆる植物状態)となりました。約3年間の入院生活の後、敗血症により死亡しました。
⑵ 被告の主張
被告側は、Aには糖尿病や肝機能障害の既往症があり、これが敗血症の原因であるとして因果関係を争いました。
⑶ 裁判所の判断
裁判所は、以下の事実を重視し、因果関係を認めました。
ア Aは事故前には肺炎や尿路感染症の既往がなかったこと。
イ 事故による遷延性意識障害により寝たきりとなり、誤嚥性肺炎や尿路感染症を繰り返すようになったこと。
ウ 医学的に、遷延性意識障害の患者は感染症から敗血症に至るリスクが高いとされていること。
結論として、敗血症は事故による遷延性意識障害に起因する免疫力低下によって生じたものであると認定しました。
3 因果関係認定のポイント
これらの判例から、以下の要素が揃う場合、因果関係が認められやすいと言えます。
① 事故による外傷が重篤であり、長期の入院や寝たきり状態を余儀なくされたこと。
② その状態が、医学的に見て感染症や合併症のリスクを高めるものであること。
③ 発症した感染症や敗血症が、事故後の治療経過や身体状況から合理的に説明できること。
④ 事故前の既往症が、死亡の直接的かつ主要な原因ではないこと。
第4 敗血症事案における「素因減額」の主張への対抗
敗血症は、免疫力の低下した人が罹患しやすいという特性があり、糖尿病や肝疾患などの持病(基礎疾患)を有する人はそのリスクが高いとされています。そのため、加害者側は「被害者には糖尿病や肝疾患などの持病(既往症)があり、それが原因で敗血症になりやすかったのだから、賠償額を減額すべきだ」という「素因減額」の主張をしてくることが頻繁にあります。
1 素因減額とは
被害者の身体的・精神的な素因(病気や体質など)が、損害の発生や拡大に寄与した場合に、公平の観点から賠償額を減額する制度です。
2 素因減額を阻止するための主張
上記の大阪地裁の事例では、被告側が「糖尿病や肝機能障害」を理由に素因減額を求めましたが、裁判所は以下の理由でこれを否定しました。
⑴ 既往症の程度が軽微であったこと
事故前、Aは就労しており、原付を運転するなど日常生活に支障がなかったことから、既往症の程度は軽微であると判断されました。
⑵ 事故による受傷が甚大であったこと
遷延性意識障害という重篤な状態に陥ったことが、敗血症の主たる原因であり、既往症の寄与は限定的であると判断されました。
このように、「事故前は通常の生活を送れていた事実」や「事故の衝撃や受傷があまりに大きく、それが主たる原因であること」を具体的に主張・立証することで、素因減額を回避できる可能性があります。
第5 請求できる損害賠償の項目と計算方法
敗血症による死亡と事故との因果関係が認められた場合、以下の損害賠償を請求できます。
1 治療関係費
事故直後の治療だけでなく、敗血症の治療にかかった費用や入院雑費、付添看護費なども請求可能です。症状固定後であっても、生命維持に必要な治療であれば、因果関係が認められる場合があります。
2 死亡慰謝料
被害者本人の精神的苦痛に対する慰謝料です。弁護士基準では、一家の支柱で2800万円程度が目安となります。大阪地裁の事例では、加害者がひき逃げ(救護義務違反)をしたことなどの悪質性を考慮し、さらに原告(遺族)固有の慰謝料も認められました。
3 死亡逸失利益
被害者が生きていれば将来得られたはずの収入です。
[計算式] 基礎収入 × (1 - 生活費控除率) × 就労可能年数に対応するライプニッツ係数
鹿児島地裁の事例のように、事故後に癌が見つかった場合でも、事故当時に近い将来の死亡が客観的に予測されていたといえる特段の事情がない限り、平均余命などをベースに計算されます。
4 葬儀関係費用
原則として150万円程度が認められます。
第6 Q&A:「交通事故と敗血症」に関する疑問
Q1 事故から数年経って亡くなった場合でも、因果関係は認められますか?
A1 はい、認められる可能性があります。大阪地裁の事例では、事故から約3年後の死亡について因果関係が認められています。期間の長さだけでなく、その間の症状の経過や治療内容の連続性が重要になります。
Q2 高齢で持病があっても、全額賠償してもらえますか?
A2 持病(素因)が死亡にどの程度寄与したかによります。持病があっても、それが薬などでコントロールされており、事故がなければ元気に生活できていたといえる場合は、素因減額されずに全額賠償が認められる可能性があります。
Q3 医師の診断書に「敗血症」としか書かれていません。「事故による」と書いてもらう必要はありますか?
A3 診断書の記載は重要ですが、医師が医学的な見地から因果関係を断定できない場合もあります。その場合は、弁護士がカルテ等の医療記録を精査し、事故から敗血症に至る医学的なメカニズムをまとめ、法的に因果関係を主張していくことになります。
第7 まとめ:複雑な因果関係の立証には専門家の力が不可欠です
交通事故後に敗血症などの合併症で亡くなられた場合、加害者側の保険会社は、「事故とは無関係な病死である」「持病の影響だ」として、死亡に関する賠償を拒否したり、大幅な減額を主張したりすることが一般的です。
しかし、今回紹介した判例のように、事故による身体へのダメージが連鎖的に病態を悪化させ、死に至ったという因果の流れを緻密に立証できれば、正当な賠償を勝ち取ることは十分に可能です。
そのためには、医学的な知見に基づいた詳細な主張と立証活動が求められます。大切なご家族を亡くされ、さらに保険会社との交渉に苦しまれている方は、決して諦めず、交通事故に強い弁護士にご相談ください。

